どうして羽生さんだけそんなに強いんですか

梅田望夫氏著。「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」を読んだ


TwitterのTL上にひたすらリツィートされて、正直嫌気がさしていた。ただ、子供のころによく亡きオヤジと将棋をやったな…と懐かしむ気もありつつ購入。結局まんまと乗せられた格好だろうか。
本書は現代の将棋界をあまり知らない人から来る素朴な疑問「どうして羽生さんだけが、そんなに強いのか」というものに対する答えを、実際に大局している棋士やそれを取り巻く人の目線。考え方や発言をもとに梅田氏が説いているもの。

単純に考えるのであれば

そもそも、現在どういう棋士が活躍しているのかを知らない人たちにとっては羽生さんしか知らない。もちろん私も知らない。
それは、情報として表に出てくる内容が「羽生○冠達成」みたいな情報だけだから。「○冠達成」ということは、今回奪取したタイトルは羽生さんは前回負けていたということだが、将棋好き以外の耳に入ってくる情報と言うのは勝った時だけだ。しかも、連続で勝つか複数のタイトルを(しかも多くの)取った時だけ。そもそも羽生さんが7冠なんて達成してしまった以上、4〜5冠で大きく報じられるだろうか。それすら心配になってくる。せいぜい新聞の片隅に書かれる程度でテレビでは報じされもしないだろう。

どうして?

とはいえ、結局露出してくるのが羽生さんだけということは、ぬきんでていることだけは確かなんだろう。そういう意味では私の考えは答えになっていない。ただ、"どうして?"というのは、将棋だけに言えることではないがどれも理由にならないのではないかと思う。
「こういう考え方ができるから」 → 「そう考えればいいの?そう考えれるのはどうして?」
「こういう背景があったから」 → 「そういう背景があればいいの?」
つまり、そもそも漠然とした疑問なので漠然とした回答にしかならないのではないのかな。「どうして?」の真意があればその真意に対して答えることになろうが、真意無き疑問に明確な答えは出しづらい。
梅田氏の出した内容に対して異議があるわけではまるでないけど、そう考えてしまうのはひねくれ者の発想だろうか

ただ、将棋というものの戦法を編み出していく過程に対しての考え方がとても面白かった。

将棋でも、日々研究がおこなわれていてあれこれとしたアイデアが生まれる。アイデアは山のように出てきてはいるが、実際の戦いで使ってみないと、本当のところでは使えるアイデアだったのかが分からなかったりする。そしてそれは技術やビジネスにおいても言えることではないか?というもの。

なるほど、確かに。
技術者はあれこれと考える。新しい機能を考えてみたり新しいインターフェースを考えてみたり。それに対して需要や実現性、コスト等に関して検討したりするが、実際にそれを市場に出してみないとわからないことが多い。大まかな流れは、どの世界においてもやはり共通するものがあるということだ。


さて、ではこれを読んで私はどうするのか?
・自分が戦場としている場所にどう向き合うのか
・本質はどこにあるのか。それを見抜くための判断力や対応力を身につけるには
等々に対して向き合っていくことだろうか。
ふむぅ、一筋縄ではいきませんね

余談

そういえば、私に将棋を教えたのはオヤジだった。いつ頃から、何をきっかけで始めたのかはすっかり忘れてしまったが、少なくとも小学校1年くらいから駒に触っていたように思う。もっぱらの相手はオヤジだったけど、近所の公民館で将棋盤や駒を貸してくれて時々友人たちとも将棋をしていた記憶がある。
中学ぐらいまでは友人同士でもやっていたのではないだろうか。今から考えると、随分とまぁ。。。今の世代には受け入れられないだろうな、そんな話。ただ、携帯ゲーム機のようなものはなかった時代だ。そういう意味では遊び道具に近かったんだろう。打っていたと言っても勉強していたわけじゃないから、陣形や囲いのようなものは見よう見まね。臨機応変に組み立てられないからかえって失敗してばっかりであった。
懐かしい。

実は現代において将棋は人気がなくて、あんまり棋士っていないんじゃないだろうか?なんて思って調べてみた。
Wikipediaによると

http://ja.wikipedia.org/wiki/将棋
1年に1回以上将棋を指す15歳以上のいわゆる「将棋人口」は、1985年度の1680万人から、2005年度840万人、2006年度710万人と大幅に減少し、漸減傾向が続いている。

うん、一気に減ってはいるね。
囲碁碁石が白黒だけど将棋は漢字が書かれていることや、似たゲーム(チェス)があちこちにあることが将棋の国際化を阻んでいるらしい。チェスとかと違って、将棋は取った相手の駒を再利用することができる点がとてもゲームを面白くしていると思うんだけど、難しいがゆえに広まらないのだろうか。